大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)729号 判決

第二二七号事件原告・第六三三号事件反訴被告・第七二九号事件被告(原告) 新川博久

第二二七号事件被告・第六三三号事件反訴原告・第七二九号事件原告(被告) 山口チヨ

主文

原告の第一次請求を棄却する。

原告と被告間で別紙目録〈省略〉記載の建物についての賃料が昭和四二年一〇月一日以降月額金三一、九〇〇円であることを確認する。

原告のその余の予備的請求を棄却する。

原告は被告に対し、金七九、九六〇円および内金四九、九六〇円については昭和四〇年七月三日から、内金三〇、〇〇〇円については昭和四一年五月一六日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合の金員を支払え。

被告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その九を原告の、その余を被告の各負担とする。

第一当事者の申立

一  原告の求める裁判

(一)  (昭和四一年(ワ)第二二七号事件について)

(第一次請求)

「被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和四二年八月一日から右明渡ずみまで月金五〇、〇〇〇円の割合の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行宣言。

(予備的請求)

「原告と被告との間で、別紙目録記載の建物の賃料が昭和四二年一〇月一日以降月額金三八、〇〇〇円であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決。

(二)  (昭和四一年(ワ)第六三三号反訴事件、同年(ワ)第七二九号事件について)

「被告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決。

二  被告の求める裁判

(一)  (昭和四一年(ワ)第二二七号事件について)

「原告の各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

(二)  (昭和四一年(ワ)第六三三号事件について)

「原告は被告に対し、金三〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年五月一六日から支払ずみまで年五分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

(三)  (昭和四一年(ワ)第七二九号事件について)

「原告は被告に対し、金七七、七六〇円およびこれに対する昭和四〇年七月三日から支払ずみまで年五分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二原告の主張

一  (昭和四一年(ワ)第二二七号事件について)

(一)  原告は被告に対し、昭和三七年九月一〇日、原告所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を、賃料月額金三〇、〇〇〇円、毎月末日に翌月分を原告方に持参して支払うこと、賃貸借の期間は契約の日から三年間等の約定で賃貸した。

(二)  被告は、昭和三八年一二月分以降の賃料を再三期限に遅れて支払つて来たが、昭和四〇年八月分の賃料を支払わないので、原告は被告に対し、同年八月一八日、内容証明郵便をもつて同月二五日までに右延滞賃料を支払うよう催告し、併せて右期限に遅れたときは前記賃貸借契約を解除する旨の停止条件付解除の意思表示をし、右郵便は同年八月一九日被告に到達した。

(三)  しかし、被告は右期限内に支払をしなかつたので、本件賃貸借は昭和四〇年八月二五日の経過とともに終了した。

よつて、原告は被告に対し、本件建物の明渡を求める。

(四)  本件建物の賃料相当額は昭和四二年八月一日当時で金五〇、〇〇〇円である。よつて、原告は被告に対し、右同日以降本件建物の明渡ずみまで右同額の賃料相当の明渡遅延による損害金の支払を求める。

(五)  仮に右各請求が理由がないとすれば、原告は被告に対し、右(一)のとおり本件建物を賃料月額金三〇、〇〇〇円で賃貸したところ、その後本件建物及びその敷地の価額の昂騰、公租の増大により右賃料は不相当となつたので、昭和四二年九月二八日の本件口頭弁論期日において同年一〇月一日以降右賃料を相当額月金五〇、〇〇〇円に増額の意思表示をした。しかし、被告はこれを争うので、原告と被告との間で、右一〇月一日以降右相当賃料の範囲内で賃料月額が金三八、〇〇〇円であることの確認を求める。

二  (昭和四一年(ワ)第六三三号反訴事件について)

(一)  被告主張の(一)の事実中、原告の右一の主張に一致する部分は認め、その余は否認する。

(二)  同(二)の事実中、原告が被告主張のとおりの訴訟を提起したこと及び被告が下坂弁護士に訴訟委任をした事実は認めるが、その余は否認する。

三  (昭和四一年(ワ)第七二九号事件について)

被告主張事実は否認する。仮に被告が受傷したとすれば、それは第三者から受けた傷害を被告の加害と牽強附会するものである。

第三被告の主張

一  (昭和四一年(ワ)第二二七号事件について)

(一)  原告主張の(一)の事実は、認める。

(二)  同(二)の事実は、昭和三八年一二月分以降再三賃料を期限に遅れて支払つて来たとの点は否認し、その余は認める。

(三)  同(三)の事実は否認する。被告は原告に対し、催告のあつた八月分賃料を催告期限の最終日の昭和四〇年八月二五日に原告方に持参し現実に提供したが、原告が受領を拒絶したので、翌二六日供託している。

(四)  同(四)の事実は否認する。

(五)  同(五)の事実は、本件建物の相当賃料月額が金五〇、〇〇〇円であることは否認する。

二  (昭和四一年(ワ)第六三三号反訴事件について)

(一)  被告は原告から、第二 一 (一)記載のとおり本件建物を賃借したところ、同(二)記載のとおり昭和四〇年八月分の右賃料の支払を遅滞したので同年八月二五日を期限とする催告を受けた。そこで被告は原告に対し、右延滞賃料を右同月二五日に持参して現実に提供したところ、原告は受領を拒絶したので、翌二六日供託をした。

(二)  ところが原告は、右の提供がないと主張して本件建物の明渡等を求める訴訟(昭和四一年(ワ)第二二七号事件)を提起したが、被告は法律問題については知識も経験も全くないから弁護士にその解決を依頼せざるを得ず、止むなく同年五月一六日被告代理人下坂浩介弁護士に訴訟委任し、手数料として同日金三〇、〇〇〇円を支払つた。被告の右出費は原告の不法行為である不当出訴による損害であるから、被告は原告に対し、右損害賠償として右金員およびこれに対する右金員支出の日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

三  (昭和四一年(ワ)第七二九号事件について)

(一)  被告は、昭和四〇年七月二日、原告方に本件建物の同年七月分の賃料を持参したところ、原告はこれを受領後被告に暴行を加えたため、被告は加療一九日以上を要する左前胸部左腕打撲症の傷害を受けた。

(二)  その結果、被告は、右暴行を受けた翌日から同年同月二一日までの間に治療費金五、七六〇円を支出し同額の損害を蒙つた。また、被告は本件建物で旅館業を営んでいたところ、前記傷害を受けたことにより、同年同月三日から一週間働けなかつたため右期間旅館を休業した。当時被告は右営業により一日金六、〇〇〇円の純益があつたから、七日間で金四二、〇〇〇円の受べかりし利益を喪失し同額の損害を蒙つた。また被告は、原告の前記の暴行により、多大の精神的苦痛を受けたが、右精神的損害は金三〇、〇〇〇円と評価される。

よつて被告は原告に対し、前記暴行による不法行為の損害賠償として、右損害の合計金七七、七六〇円およびこれに対する不法行為の日の翌日である昭和四〇年七月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

第四証拠〈省略〉

理由

第一昭和四一年(ワ)第二二七号および同年(ワ)第六三三号事件について

一  原告と被告間で、原告主張のとおりの本件建物の賃貸借の合意がなされた事実、被告が、原告主張のとおり昭和四〇年八月分の右賃料を原告主張の頃支払つていなかつたので、原告がその主張のとおり同年八月二五日を期限とする催告ならびに停止条件付解除の意思表示をなした事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いがない乙第一号証の一、第四号証の一と二、被告本人の供述によると、被告は、右期限の最終日の同年八月二五日午後八時頃、原告方で同人妻新川好美に対し、同年八月分賃料として金三〇、〇〇〇円を現実に提供したが、後記第二 一に認定のとおり原告と被告間が不和のため、同人は受領を拒絶したので、被告は翌日右金員を供託した事実が認められる。右認定に反する証人新川好美、原告本人の各尋問の結果は右証拠に比べたやすく採用できない。

してみると、原告の本件賃貸借契約終了を原因とする請求はいずれも失当として棄却すべきである。

三  原告が昭和四二年九月二八日の本件口頭弁論期日において本件建物の賃料月額を同年一〇月一日以降金五〇、〇〇〇円に増額する意思表示をなした事実は訴訟上明らかである。そして、従前の賃料は昭和三七年九月一〇日に決定されたことは前述のとおりであるから、右意思表示の時までに相当の期間が経過したと言うべきであり、鑑定人林卓司の鑑定の結果によると、その間に家賃額を決定する一切の経済事情に変動があり、従来の家賃が不相当となつた事実が認められる。

そこで、昭和四二年一〇月一日当時の本件建物の相当賃料額につき判断する。鑑定人栗谷川守男、同林卓司の各鑑定の結果によると、本件建物の三階は切妻形屋根裏に当る部分で窓、内部造作、階段設備からして物干場雑品庫としても利用価値が少ないことが認められ、また、原告本人の供述によると、本件建物は原告はこれを昭和三七年七月二、〇〇〇、〇〇〇余円で競落し約二〇〇、〇〇〇円かけて修理し被告に賃貸したのであるが、当初不動産業者を通じ原告と被告は知り合い、原告が提示した畳建具付なら賃料月額三五、〇〇〇円、付かなければ三〇、〇〇〇円との条件のうち被告が後者を選択して賃貸借契約が成立した事実が認められ、また、右供述と証人宮成正一の証言によると、本件建物は旅館として使用されてはいるが、もともと土建業者が使用していた下宿屋或いはアパート風の構造で、旅館としては立地条件も悪く、営業成績も挙つていない事実が認められ、他に反証はない。これらの認定事実に、本件建物の昭和四二年一〇月一日当時の相当賃料月額についての鑑定人栗谷川守男の鑑定結果が金三〇、〇〇〇円、鑑定人林卓司の鑑定結果が金三三、八〇〇円であり、右各鑑定の根拠については格別不合理な点は見られないことを総合すると、本件建物の右の当時の相当賃料月額は金三一、九〇〇円をもつて相当と判断される。

してみると、本件建物の賃料は、原告の増額請求により、昭和四二年一〇月一日右同額まで増額されたと言わねばならない。よつて、原告の予備的請求中、右同日以降の賃料月額が同額であることの確認を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余の部分は失当として棄却すべきである。

四  本件建物の賃貸借契約終了を原因とする原告の本訴請求が理由がないことは前記二のとおりであるところ、前記のとおりの延滞賃料の現実の提供の事実を原告は知つていたか少くとも過失により知らなかつたと言うべきだから、原告の本件提起は不当な訴えとして原告の故意または過失による不法行為と認められる。そして、被告本人尋問の結果によると、被告は、格別法律上の知識経験はなく、本件訴訟の経過に照らしてみても、本件応訴の為の弁護士委任は被告の権利、擁護に必要と認められ、反証はない。原告が昭和四一年五月一六日本件本訴の応訴の為札幌弁護士会所属の下坂浩介弁護士に訴訟委任し、その手数料として金三〇、〇〇〇円を支払つたことは弁論の全趣旨から明かであり、前記各鑑定の結果および成立に争いがない乙第九号証によると右手数料は札幌弁護士会所定の報酬基準より低額である事実が認められ反証はない。よつて、被告の支出した右弁護士費用は原告の不法行為による相当因果関係の範囲内の損害と解されるから、原告に対し右金員およびこれに対する本件本訴提起後の昭和四一年五月一六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める被告の本件反訴は正当として認容すべきである。

第二昭和四一年(ワ)第七二九号事件について

一  成立に争いがない乙第二号証、第四号証の一と二、証人目良亮三の証言により成立の真正が認められる乙第三号証、証人目良亮三、同宮成正一、同川田正次郎、被告本人の各供述によると、被告は、従来から賃料を滞り勝のため原告との仲が悪かつたところ、昭和四〇年七月二日夜、被告は同年七月分の本件建物賃料を原告方に持参し原告の妻新川好美に交付し家賃の通いに七月分と記載の上捺印を受け一且は帰つたが、従来の賃料支払が分割払など不規則で通いの記載が複雑となつていたため後日の紛争発生をおそれ、再度原告方を訪れ、重ねて右通いの七月分の記載の下に受領金額の記載を求め、右新川好美に拒絶され帰宅を求められても玄関に立ちつくしていたところ、右の被告の態度に立腹した原告と右新川好美は共同して被告を抱きかかえ、左胸部を殴打し戸外に押し出すなどの暴行を加え、よつて原告に対し約一〇日間の加療を要する左前胸部および左上腕打撲症を与えた事実が認められ、右認定に反する証人藤本国彦、同新川好美、原告本人の各尋問の結果および甲第六号証は前記各証拠に比べたやすく信用できない。

二  原告の右暴行により被告の受けた損害およびその算定額について判断する。

(一)  証人目良亮三の証言により成立の真正が認められる乙第五号証、被告本人の尋問の結果によると、被告は保全病院で前記傷害の治療を受け昭和四〇年七月二一日治療代として金五、四六〇円支払つた事実が認められ、右認定に反する証人目良亮三の証言は右乙第五号証の記載に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。なお、被告は治療費として金五、七六〇円支払つた旨主張し右乙第五号証(領収証)には保全病院が右同額の金員を領収した旨の記載があるが、同号証をよく検討すると、治療費とは性質の異なる文書料金三〇〇円が計上されており、右文書料の支出と被告の受傷との因果関係の立証はないので、右金員を損害とする被告の主張は理由がない。よつて右金五、四六〇円の支出は原告の前記不法行為による損害である。

(二)  証人目良亮三、被告本人の各尋問の結果、被告本人の尋問の結果により成立の真正が認められる乙第六号証、第七号証の一と二によると、被告は本件建物で女中も置かず自分一人で旅館業を営んでいたところ、本件受傷により労働できない結果昭和四〇年七月三日から九日まで利用客を断つていた事実が認められ、右認定に反する証人宮成正一の証言は前記各証拠に比べたやすく信用できず、他に反証はない。そして、前記乙第六号証、第七号証の一と二、被告本人尋問の結果によると、被告の旅館営業による収入は、昭和四〇年六月二六日金四、六五〇円、翌二七日金五、二五〇円、翌二八日金五、八五〇円、翌二九日金五、二〇〇円、翌三〇日金五、二〇〇円、七月一日金三、六〇〇円、翌二日金二、一〇〇円、七月一〇日金二、六〇〇円、翌一一日金二、六〇〇円、翌一二日金六、三〇〇円、翌一三日金三、二五〇円、翌一四日金五、〇五〇円、翌一五日金六、〇〇〇円、翌一六日金七、一〇〇円、翌一七日金五、七〇〇円、翌一八日金七、五〇〇円、翌一九日金五、七〇〇円の外、訴外荒井実から七月一五日より七月三〇日まで一六日間で金五、六〇〇円を受領しているのでその内の七月一五日から一九日までの間の日割計算で五日間金一、七五〇円の収入があり、要するに、昭和四〇年六月二六日から七月二日までと同年七月一〇日から同月一九日までの一七日間の平均収入は一日約五、〇〇〇円となることが認められ、右認定に反する証人宮成正一の証言は右各証拠に比べ採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実と被告本人の尋問の結果によると、被告はその営業により一日当り少くとも金三、五〇〇円の純益を得ている事実が認められ、右認定に反する証拠は右認定に用いた証拠に比べ信用できない。してみると、被告は原告の不法行為により一日金三、五〇〇円の割合の七日間の合計金二四、五〇〇円の受べかりし利益の喪失による損害を被つたことになる。

(三)  被告が原告の前記暴行により精神的損害を被つた事実は前記認定のところから明かであるところ、被告本人の尋問の結果によると被告は本件暴行の当時四二、三才で内縁の夫の営む旅館業を手伝うかたわら自分も旅館業を営んでいたことが認められ、反証はなく、その他前記各認定のとおりの暴行傷害の程度損害賠償請求などの諸事実と諸般の事情を考えると、被告の受けた精神的損害の損害額は金二〇、〇〇〇円と算定するのが相当と認められる。

三  したがつて、被告は原告に対し、原告の暴行による不法行為の損害賠償として、右二の(一)ないし(三)の合計金四九、九六〇円およびこれに対する右不法行為の翌日の昭和四〇年七月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金を請求できるから、被告の昭和四一年(ワ)第七二九号事件の請求は右の範囲で正当として認容すべきであり、その余の部分は失当として棄却すべきである。

第三以上のとおりであるから、原告の本訴中主位的請求は棄却し、予備的請求中正当な部分は認容しその余は棄却し、被告の反訴請求は全部認容し、被告の昭和四一年(ワ)第七二九号事件の請求中正当な部分は認容しその余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例